Tailor Hirano テーラーヒラノ~Mr.~より

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優太は12回朝晩のランニングを高校生の時から続けていた。モテたい一心で走っていた頃とは違い今はすっかり大人だが、習慣は変わらない。今日はいつもより遅い時間になってしまったが行くことにする

(もうすぐ春だな、新生活楽しみだな)そう考えながら暗い道を走っているとふと明るい店を見つける。(バーが新しくできたのかな?テーラーヒラノ?洋服?)店の中は明るいが人は見当たらない。中に飾ってある青のスーツがとても上品で目を奪われた。(オーダーメイド専門店かな?高そうだな。でも新生活にひとつビシッと決めるのもいいな)吸い寄せられるようにお店に入ってみた


カランコロン

「こんばんはーすみませーん」

「はーい、いらっしゃいませー」奥から出てきた男の姿に驚いた。派手なピンクのスーツにサングラス。優しい声だが服装が奇妙だ。

「あの、ここオーダーメイドスーツのお店ですか」

「まーはい、私が手作りでやらさせてもらってます、自由に見てください」やはり優しそうな男だ。どうしても気になるので聞いてみる

「あの、サングラスなんでかけてるんですか?」

「あ!外します。すみません。怪しかったですか。ちょっと眩しくて」サングラスを外してほほ笑む。店の奥の方でカチャカチャ音がした。「あ、すみません、どうぞ自由に見ていてください」言い残して男はサッと店の奥へ行ってしまった

「あ、はい」取り残されても悪い気はしなかった。どれどれと店の中を見渡していると飾り棚に1枚写真が飾ってあるのが目に止まる。紫のスーツを着こなす男の写真だった(うわ、かっこいい人だな。モデルかな。あれ?この人どこかで見たことあるような)写真の男の少し寂しげで何か訴えかけるような表情から目が離せないでいると、ピンク男が戻ってきていた

「すみません、ちょっとボタンがうるさくて」

「え?ボタン?」ピンク男は作業台の引き出しを優しく叩いて微笑んでいる。ちょっとよくわからない男だ

「何か気に入ったものがありましたか?」「え?あ、はい。あの入口の青のスーツがとてもきれいですね。それからこの写真の人すごくかっこいいんですけど誰ですか?どこかで見たことがある気がするん」

「えっ!えっ!えっ!知ってるんですか!!」ピンク男が予想以上に興奮して話しかけてくる

「あ、いや知らないです。なんか見たことある気がするなくらいで」

「どこどこどこ?どこで見たんですか!」ピンク男がますます興奮して話しかけてきた。するとまたカチャカチャ音がして、ピンク男は慌てて引き出しを開けたり閉めたりバタバタしは始める

「お前らうるさいから!わかってるって!」しかも何かに話しかけている

「大丈夫ですか?あ!もしかして猫飼ってるんですか?ボタンって名前の!」

優太は無類の猫好きだった。ピンク男はかなり奇妙だが大好きな猫はぜひ触りたいと身を乗り出すと、

「あー!はい!猫です!ただちょっと怖がりなのですみませんが近づかないでください」とピンク男が満面の笑みを浮かべながら言うから近づくのをやめる。(残念だなぁ)気になるが本題に行くことにする

「青のスーツ見せてもらえますか」

「かしこまりました。」満面の笑みのピンク男は青のスーツを大切そうにマネキンから脱がし、さらに中のシャツも脱がしている。「お客さま、こちらのシャツもセットでお試しくださいね」そう言われて優太は自分がジャージ姿であることに気づいた

「あ!すみません!俺ジャージでした!」「大丈夫です。試着室でどうぞ一揃い試してください。ところでお客さま、お名前伺ってもいいですか?」

「岸優太です」

「ユータ!?」ピンク男の驚いて見開いた目はこぼれ落ちそうだ

「はい優太ですけど」

「ユータなんですね?えーっ!ちょっ!これはもうそういうことでしょ」ピンク男は今度は引き出しを開けて引き出しの中に話しかけ始めた。いよいよ少し怖くなってきた。呆気に取られて見ているとふと自分のすべきことを思い出したピンク男はユータを試着室に案内して「ごゆっくり」と言ってすぐその場を離れた。どうやらまた引き出しのところに戻ったようで話し声が聞こえる。(変なお店に入ってしまった)少しだけ後悔しつつも、試着は楽しむことにした。なんとも手触りのいい生地のスーツだ。やはり着心地は抜群で我ながら青がよく似合うと鏡を見ているとピンク男が戻ってきた

「いかがですか。靴はこちらにしてください」

「あ、はい」カーテンを開けると真剣な顔でピンク男が立っていた

「あ、どうですか?似合いますか?自分では似合う色だなと思いますけど。ただサイズが少し。袖が長いですね。オーダーメイドだからサイズはピッタリに仕立ててもらえるん」「いえ、そのままです」

「え?でも袖がこのままだと長」

「直したらだめなんですよ。そのままです。間違いないです」ピンク男は急に真剣な顔を向けてくる。そしてテーラー発言としてはちぐはぐすぎる

「お似合いですからそのまま差し上げます。元々は私のスーツなんですよ。私はもう着れませんが」

「え⁉︎こんな高そうなスーツ本当にいいんですか⁉︎」ただなら袖の長さなど気にならない。断る理由はなかった。するとカチャカチャカチャ。また引き出しからはっきり音がした。ピンク男は静かに写真に目をやると何かをつぶやいたようだった

上着を脱いでもらえますか。少しお待ちくださいね。ヨビのボタンをつけておきたいので。いいですか」

「あ、はい。お願いします」上着を手渡すと引き出しから道具箱を取り出して手早く縫い付けはじめた

「えっ?」(予備ボタンって表のボタンと同じ種類を裏地につけておくことだよな?)

ピンク男は赤と緑のボタンを1つずつ青のスーツに縫い付けているのだ。

「あの赤と緑ですか?予備に使えないと思いますけど」

「すみません2つがどうしても付けろというので。始めたら変更はできませんし。使えますよ?大丈夫ですよ。できました。着てください」スーツのシックな裏地に赤と緑のボタンが白い糸で付けられている。スーツのボタンというより発射装置のボタンのようだ。

「あ!さわらないでください!スーツとが体に馴染んでからにしてください。早く『呼び』すぎるのは危ない」

「呼び?予備じゃないんですか」

「大丈夫です。今は理解できなくても。すみませんが大事に着てくださいね」

「あ、はい」もうそれ以上ピンク男は何も話そうとしないので優太は帰ることにした。

「では、本当にいただいて帰りますね?ありがとうございます」

「はい、どうぞ。ありがとうございました」

カランコロン


「ユータ。お前どこにいるんだよ。おまえの帰り道を見つけてくれそうなやつを見つけたからな。出てこいよ。」店から遠ざかる優太の背中を見届けたピンク男はサングラスをかけて店の明かりを消した


(新生活楽しみだな)青のスーツを着た優太はただ前を見て走っていた。

(おい!ジャージも靴も全部忘れてきてるよ!ヒラノさんも気づいてないし!)(2人もやけどおまえもアホやな。まだ話しかけても聞こえんやろ。あー。こいつ落ち着く匂いやわ。気に入ったわ)


優太がユータを探す旅が始まった